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執筆者の写真room ひきピア

ひきこもりからのその後


どうもマタタビ(ペンネーム)です。

このたびは、ひきピア坂本さんから当事者の体験談を執筆して頂けないかとご相談があり筆をとらせていただきました。


私自身、過去にひきこもりの経験があります。当時は悩みを誰に相談すればいいのかわからず迷走していましたが、私と似た境遇の方の話を聞いた時にはとても励みになりました。

拙い文章ですが、悩まれている方のひと助けになればと思います。


早速ですがこれまでの経緯を説明しますと、私は高校の時にストレスからかパニック発作を起こし、日常生活に支障を来すほど症状が悪くなっていたため結果的に20代前半の数年間働くことができず引きこもっていました。


精神的な症状のため周りから気のせいだよと言われ、自分にもそう言い聞かせていましたが日に日に症状が悪くなることに焦り、自分でも何故このような症状がでてるのかわからず言葉にできない感情にもどかしさを抱き、苦悩していました。


私の場合、ある日を境に引きこもったわけではなく、最初は体調が悪ければ外出を控えて休むだけだったのですが、休むことが増え外出を控えて人との関わりが減ると今度は一目を気にするようになってしまい、外に出るの


が怖くなりました。それから負の連鎖が何度も続き、気づけばひきこもりの悪循環に陥っていました。


自宅で過ごしている間、漫画やアニメ鑑賞・ゲームなどをしていたのでそこだけ見るとだらけているように見えるかもしれませんが、内心では見通しの立たない将来への不安に押し潰されそうだったので、気を紛らわせるためにしていた行動でした。最初は現実を忘れ楽しかったのですが、回を重ねると現実逃避しているのが苦痛となり何度も悩まされ、もがいていたことを今でも覚えています。


今の境遇を嘆いては自己嫌悪していた私でしたが、最後まで諦めずに前を向くことができたのは育ってきた環境に感謝できるようになったからだと思っています。

子供のころは自分が育った環境にありがたみに気づくことはありませんでしたが、大人になるにつれ、自分は小さい頃から色んな人に支えてもらっていたこと、そして学校や部活動に通わせながら不自由なく生活を送らせてくれていた両親への想いや感謝があったので、今度は自分が働いて恩を返していきたいという思いがありました。


そんなことは言いつつも、実際はひきこもって迷惑をかけている両親には申し訳ない気持ちが募るばかりでした。知人や友人に仕事もしていない情けない自分の顔を見られたくなかったので、外部との連絡を断ち切り自分の殻にこもるばかり。最初は「自分は大丈夫、他の人に比べたら大したことがない、自分で解決できるはずだ」と自分に言い張り現実と向き合うことをせず、現実逃避していたら数年が過ぎていました。


時間はかかってしまいましたが、自問自答を重ね今の自分の現在の状況や病気を受け入れ向き合うことができるようになってから人生が大きく前進していきます。

現状を変えるべく私が最初にとった行動は、総合精神保健福祉センター内にあるひきこもり専門支援センターに電話し相談をしたことでした。


「働きたいと考えているのすが、体調を崩しやすく外に出られない状況が続いています。どうしたらよいでしょうか。」

正直、思いを打ち明けるのはとても怖かったです。同年代の子がバリバリ働いている中、自分は家でひきこもっていたので、働いていなかったことに後ろめたさを感じ、世間から馬鹿にされる・けなされるのではないかと思っていたので何度も相談しようと思っていましたが、その都度躊躇していました。


ですが、私を担当してくださった支援者の方は私の話を淡々と聞いて下さり思いを受け止め、優しい言葉をかけてくれました。「ああした方が良いよ」「こうしたほういいんじゃない?」など否定や肯定するのではなく、「大変だったんだね」と思いを受け止めてもらえたことにとても救われたました。


私が次の行動へ踏み出せるようになったのも、この方は辛い時に私の話をきちんと受け止めてくれると安心して相談ができるようになったのが大きな要因だったと思っています。

ひきこもりからの脱却にはもう数年間時間がかかりましたが、この支援者との出会いをきっかけに人生が好転していきました。


以上、長くなりましたが私の「ひきこもっていたとき〜出られるようになった頃」について簡単ではありますが執筆させていただきました。

捉え方は人それぞれだと思いますので、中には現在の状況と比較してしまう人もいらっしゃると思いますが「こんな人もいるだな〜」ぐらいの気持ちで受け止めて頂けたら幸いです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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