あれはまだ、
私が小学生になったばかりの頃。
学校帰りにお菓子を買って帰ろうとしたら、
急に雨に降られた。
幸い、目的地の駄菓子屋まではすぐだったので、
軒先で雨宿りしていた。
すると、駄菓子屋のおばさんが私の家に連絡してくれて、
私はお母さんが 来るまでの間、
お店の椅子に座ってザーザーと降る雨を眺めていた。
「お母さん、まだかな……。」
意味も無く足をブラブラさせていたら、
軒先に水溜りが出来ている のを見つけた。
その水溜りはお菓子の箱と箱の間にある入り口の
丁度真ん中を陣取るように出来ていた。
ただの水溜り。
だけど、退屈で仕方なかった私は、
おばさんが 長電話をしているのを確認して、
そっと水溜りに近づいていった。
何だか大人に内緒で悪戯した時みたいに、
心がワクワクしていた。
水溜りを覗いてみる。
でも、やっぱりただの水溜りでしかなくて。
覗いてみても何も無いのは当然だった。
少しは何かあるかな、と
期待していただけに
残念な気持ちになる。
諦めて店の中に戻ろうとした。
その時、軒先から垂れた雨水が私の首筋に降ってきて
ビックリした拍子にさっきの水溜りに両手をつけてしまう。
勢いがあったのか、両手の袖は結構濡れていた。
「あ~ぁ、お母さんにおこられるかも。」
とりあえず体を起こして、
取り出したハンカチで濡れた部分を 拭いていると、
どこからか声が聞こえた。
「――誰か、いるの?」
「……え?」
お客さんが来たのかなと思ったけど、
店の前には誰も居ない。
いったい何だったんだろう?と首を傾げる。
ふいに下を見たら、
水溜りに澄んだ青い空が映っていて。
晴れたのかと思って空を見ても、
暗くてどんよりした空は変わっていなかった。
雨音はさっきより強くなっている。
私は水溜りを再度覗いて見る。
すると、青い空が映った景色の中に女の子がいた。
……さっきの声はこの子なのかな?
そう思いつつ、水溜りの向こうに呼びかけた。
「あなたはだあれ?」
「ハル。」
「かなはかなだよ。」
「ハルは何してるの?」
「……え?馬に水をあげようと思って、
水がめのぞいたら、かなが映ってた。」
「かなは?」
「かなはね、雨やどりしてるの。」
「……そっか、どおりで空が灰色なんだ。」
ハルと話してる内に、
どうして水溜りにハルが映っていたのか?
なんてことはすっかり忘れていた。
今思えば、
いつ生まれたとか両親はどんな人かなんて話を
しておけばよかったなと思う。
この時はただ、
話し相手ができたことが嬉しくて
自分の 好きなものについて話していたような気がする。
詳しい内容は思い出せないけれど。
楽しい時間は あっという間に過ぎていって。
お母さんに肩をポンポンと叩かれるまで、
私はハルと話していた。
それはハルの背後に馬が現れたのと同時だった。
待ち人に意識を移した途端、
水溜りは元通りの景色を映していて。
水面にはもうハルの顏は映っていない。
名残惜しく、その場を後にする。
待ちわびていた筈の暖かい手に引かれながら。
――数年経って、
雨上がりの水溜りを覗いていると
お母さんが言った。
「ずっと見てるみたいだけど、何かあるの?」
あれから水溜りを見つけると、
ついつい覗くクセがついていた。
もしかしたらって思うと、
いてもたってもいられなくなる。
けど、
たとえハルが見ていなくても信じていたい。
「また会えるかなって思って。」