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『ミラーハウスへようこそ』後編

2024年12月19日
読了時間: 6分

休憩所でゆっくり紅茶を頂いたのち、二人は目的地の一つ前の『未来の間』に入る。  ――このまま滞りなくいくかと思いきや、暫く進むと、誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。  セバスは小声で、またかと呟いた。少女がセバスの手を軽く握ると、  セバスは安心させるように少女の手を握り返した。  そして、すすり泣いていた声の方に近付くと、執事の格好をした女性が両手で顔を覆って泣いていた。  初めて見た女性の案内役に物珍しさを感じつつも、話しかけずに通り過ぎようとするセバスの後をついていく。  だが、放っておくことが出来なかった少女は、セバスの手を離して女性の案内役のところに戻ってしまった。  セバスは少女を慌てて追いかけた。  「……大丈夫ですか?」  少女が声を掛けると、女性の案内役はポカンとして動かなくなってしまった。  少女は女性の視界で見えるように手を振っていたが、女性はぴくりとも動かない。  「何をしているんですか?」  セバスが少女に追い付いた。  少女は女性が動かなくなったと告げると……  「鏡の中に入った所為でしょう。鏡たちとのルールを守らないと   鏡は守らなかった者と案内役を、強制的に閉じ込めてしまいます。   ここは年代物ばかりですから、体内の時間が狂いすぎて、ここが何処だかも分からなくなっているんです。」  私の案内に従ってくださいと言ったのは、こういう理由があったからです。  ――と、セバスは付け加えた。  「もっと早くに教えてくれれば良かったのに。」  「言わなかったのは、被害者が居なかったからです。   言うだけなら簡単ですが、現実を見ないと、人は半信半疑のままですから。」  「ちなみに、声が聞こえない鏡達は、全部人を閉じ込めた状態です。   それぞれの『間』を抜けた先に休憩所があるのは、お客様を疲れさせないためでもありますが   鏡に閉じ込められた後は、救護室としても利用しています。」  「閉じ込められてる時間は?」  「こちらの時間で大体、50分くらいです。」  セバスは休憩所から出てきた執事の人に、女性の案内役を預けた。  この男性もまたかと呟いたので、この女性は何度も同じ目に遭っている人なのだと少女は理解した。  「行きましょう。」  セバスが手を差し出さなくても、少女はセバスの手を取った。  また進み出したものの、周りは恐ろしく静かだった。  その理由を聞いてしまったからだろうか。  少女は鏡達に閉じ込められたら、どうしようという不安に襲われ始めていた。  歩いている道のりがとても長く感じられて。  話しかけられたら、怖がらずに会釈できるだろうかと考えると手が震えてくる。  そして、クスクスと笑う声が聞こえてきて……  「とうとう、理由を知ってしまったようね~」  「怖いでしょ、怖いわよね~」  「ほらほら、私達の声に反応しないほうがいいわよ~」  「そんな悪い子はおしおきしちゃうんだから~」  声に反応したくないのに耳を塞げないのは、何とも不便な状況だった。  少女は必死に前だけをみて進もうとするも、一度喋り出した鏡達は止まらなかった。  「ふふ、怖がってる~」  「さぁ、その手を離して、耳を塞げばいいじゃな~い」  「楽になるわよ~」  「そしたら、閉じ込めてあげるわ~永遠にねぇ~」  引っ切り無しに響く、鏡達の口撃にもう負けてしまいそうだった。  だが、セバスが強く手を握り返した。負けるな、と聞こえた気がした。  少女は振り向かないセバスに感謝しながら、もう一度前を向いて進んでいった。  暫くして、鏡達の声は止んだ。  ホッとしたのも、つかの間。  セバスは最後の扉の前で立ち止まった。  そして『死の間』と書かれた扉をノックして、その扉はゆっくりと開いていった。  「ようやく、ここまで案内できました。」  どうぞ、と促されて戸惑う少女は、キョロキョロと周りをみる。  セバスは、目的の鏡の前に少女を案内すると。  「見せてあげてください。」  鏡に向かってそう言った。  「ん~?ああ、わかったよ。」  そう答えた鏡が、映し出したのは少女の心の中にあったわだかまりだった。  「……おばぁ、ちゃん……」  鏡の中にいる少女のおばあさんは、少女の姿に気付くと、微笑んで見せた。  「なんで、おばあちゃんは、死んだのに……」  生前と変わらない笑顔が、少女の中のしこりを破壊していく。  「どうして、笑ってるの?私は、間に合わなかったのに……」  ずっと病院で待っていてくれたその人は、最後の瞬間まで現れなかった私を恨んでいたんじゃないのか?  「一度だって、行かなかったんだよ。それなのに……」  なんだかんだと理由をつけて行かなかったのは、ただ単に面倒だった。それだけの理由だった。  「怒っていいんだよ、怒っていいんだ、笑わないで……」  死んだと聞かされて、そこで初めて行かなかったことを後悔した。  今更泣いたって遅いのに、死んだ人は戻ってこないのに、その日は一生分泣いた。  それからの毎日はずっとため息ばかりだった。  どんなに好きなことをしてても、つまらなくなって、全て投げ出していた。  周りの人達からの言葉も何も耳に入らなかった。  ただ、会いたかった。あの日のおばあちゃんに会って謝りたかった。  「ごめんなさい、おばあちゃん、ごめんなさい」  鏡の中のおばあちゃんが霞んで見えていた。  変わらない、私の好きだった笑顔がそこにある。  いつまでも泣いている私に手を伸ばしてきた。  鏡の中から伸ばされた手は冷たかったけれど  掌の感触は、元気だった頃のおばあちゃんの手、そのものだった。  嬉しい時、悲しい時、怒った時、楽しい時  いつもそこにあった、おばあちゃんの優しい手が好きでした。  ――いつまでも、悲しんでいるわけにはいかないでしょう?  ……あなたのその言葉で励まされてきた。  だから、今度はその言葉で、最後のお別れをします。  ――いつまでも、悲しんでいるわけにはいかないから  私は、前を向いて歩いていきます。



 無事にミラーハウスを出た少女は、いつのまにか歩道橋の真ん中に戻っていた。  夕日は雲を紅く染め上げていて。  足元を見れば、影がのっぽさんのように細長く伸びている。  ――今、いったい自分は何をしていたんだろう?  「お嬢さん、鞄が落ちていますよ。」  反対方向からきた全身を白で覆った痛々しいスーツのおじさんが  そう声を掛けてきた。  そのおじさんのいうとおり、手に持っていたはずの手提げ鞄が足元に  落ちていて、中身もちょっとだけ出ていた。  急いで詰め込んで鞄を拾い上げると、おじさんはにっこり笑って。  「ご利用、ありがとうございました。」  などと訳のわからないことを言って、反対方向へと去って行った。


 
 

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