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16の夜〜続編〜

1 日前
読了時間: 3分

 1年間引きこもっていたあの16歳の時、自分が「社会のどこにも所属していない」という強烈な不安に襲われました。



学校やどこかに所属していないと、こんなにも不安になるんだ…

と感じたのは、人生で初めてのことでした。



当時の僕を押しつぶしていたのは、

まさにその孤独感だったんです。



昭和から平成にかけての当時は、

今のように「不登校でもいい」

「無理して学校に行かなくてもいい」

といった優しい価値観など存在しない時代でした。



世間の目は今よりも遥かに厳しく、

理解など全くないように感じていました。



世間一般の風潮は、引きこもりに対して

「甘えているから根性を叩き直せ」

といった厳しい見方が強かったように感じます。



社会全体が


「学校に行かない人間=甘えであり弱さ」


と決めつけていたように思います。



そのため、「学校に行っていないダメな自分」という猛烈な罪悪感が、

昼夜を問わず僕を苦しめました。



不安や焦り、そして自己否定や過去の辛い出来事がごちゃ混ぜになり、

人生で初めてまともに眠れない夜を経験したのもこの頃です。



毎晩のように、過去の出来事に対する悲しさと悔しさが込み上げてきました。



後にPTSDと診断される程の、家での虐待や学校での体罰やイジメ…

それらの思い出が蘇り、涙で枕を濡らす日々が続きました。



精神的には疲労困憊しているのに、それでも眠れない夜が毎日続いたのです。



さらに辛かったのは、本来なら安全な避難所であるはずの「家」にすら居場所がなかったことです。



もともと家庭内には虐待の背景もあり、

僕の苦しみに対する家族の理解はまるでありませんでした。



家の中で過ごす時間は全くリラックスできず、

ただ自室でじっとしているだけでも苦痛で精神的に追い詰められていきました。



何とかこの状況を変えたい、助けが欲しいと思っても

当時は「引きこもり支援」といった専門的なサポートなど無かったと思います。



たまに相談機関のようなものがあっても、

本人の傷ついた心に「寄り添う」という姿勢はなく、

「いかに学校や社会に連れ戻すか」ということしか考えていなかったように感じます。



おまけに、当時はインターネットもスマホもない時代です。

居場所の情報を探すことすら至難の業でした。



あちこちに電話をかけ、手探りで情報を集めるしかありませんでした。

どこにも居場所がなく、誰にも理解されない。



そして家族からの理解も得られず、

家での生活が限界を迎えていたからこそ、僕は必死でした。



「このまま家にいたら自分が壊れてしまう」



という限界を超えた苦痛が、僕に電話をかけさせ続けたのです。



様々な場所に相談を重ねる中で、一つの選択肢に辿り着きました。

それが「フリースクール」でした。



誰かに助け出されたわけではありません。



家の居心地の悪さと苦痛に耐えかねた僕は、

自ら情報を取りに行き、

自分自身でフリースクールを見つけて通い出すことを決めました。



それが、僕が約1年間の引きこもり生活から、

初めて外の世界へと一歩を踏み出した瞬間でした。



そのフリースクールは今では無くなってしまいましたが、

そこで初めて「学校に行けない自分」を受け入れてもらい、

心から安心できたのを覚えています。



家では決して受け入れてもらえなかった引きこもりの自分を、

フリースクールの方々は「そのままの自分」として受け入れてくれました。



それは僕にとって「ようやく信頼できる大人に出会えた」と感じられた瞬間でした。



 
 

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